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2011/08/21(Sun)05:31
夢はまだ終わらない
みんな視ねばいいのにと思ってしまう
この期に及んでまだなお生きることを選ぶ
還る場所もないのに
みんな視ねばいいのにと思ってしまう
この期に及んでまだなお生きることを選ぶ
還る場所もないのに
2011/08/20(Sat)05:52
デパスの量は一応の上限を越えた
耐性がついたか
今日はデパス6サイレース1トリアゾラム3セロクエル1
寝れないので、いざ技でレスタミン
それでも不安定だと眠れない
相方とまた喧嘩
疲れた
先日ODしたとき、かかりつけに救急搬入断られた
というか、かかりつけに見捨てられつつある
パチ依存の症状はスリップマックス、そして職もまた依存で失った
奇行というのは、投薬後だけど、一定時間経過したあと、それでも眠れないときに異様に空腹になる。
カロリーは高すぎるが、あまり行動的ではなくなっているため、ツナ缶などを食べることも多いが、はっきりいって嘔吐がないだけの過食状態。とまらない。だから、昼過ぎて起きるときには、壮絶な食べ散らかしあとがある。
きつい。
依存症、これは、目に見えないけれど、治療せねば確実に死に向かう病気だと思う。
みなさんは、どうですか?
依存症についてはごもっともな、どこにでもあるような内容(自称依存症)みたいなサイトは多いけれど、本格的に治療に面と向かうための資料はあまりに少ないように感じる。
私が、もしも、万が一かんかいしたら、資料を出版できればと思うが。
それにしても眠れない。きつい。
吐きたい。
耐性がついたか
今日はデパス6サイレース1トリアゾラム3セロクエル1
寝れないので、いざ技でレスタミン
それでも不安定だと眠れない
相方とまた喧嘩
疲れた
先日ODしたとき、かかりつけに救急搬入断られた
というか、かかりつけに見捨てられつつある
パチ依存の症状はスリップマックス、そして職もまた依存で失った
奇行というのは、投薬後だけど、一定時間経過したあと、それでも眠れないときに異様に空腹になる。
カロリーは高すぎるが、あまり行動的ではなくなっているため、ツナ缶などを食べることも多いが、はっきりいって嘔吐がないだけの過食状態。とまらない。だから、昼過ぎて起きるときには、壮絶な食べ散らかしあとがある。
きつい。
依存症、これは、目に見えないけれど、治療せねば確実に死に向かう病気だと思う。
みなさんは、どうですか?
依存症についてはごもっともな、どこにでもあるような内容(自称依存症)みたいなサイトは多いけれど、本格的に治療に面と向かうための資料はあまりに少ないように感じる。
私が、もしも、万が一かんかいしたら、資料を出版できればと思うが。
それにしても眠れない。きつい。
吐きたい。
2011/04/08(Fri)18:57
やっぱり治らない。
治らないものなんだよ、きっと。
泣きたい、泣けない、しねない
治らないものなんだよ、きっと。
泣きたい、泣けない、しねない
2010/10/12(Tue)21:33
ただいま内容整頓工事中です。
とっても時間がかかってますが、ゆっくりと御覧ください。
とっても時間がかかってますが、ゆっくりと御覧ください。
2009/12/05(Sat)21:07
ここ一月ほど、仕事への復帰訓練のため、短時間事務に通い始めました。
そのストレスをきっかけに、最近は1円パチンコで千円か二千円ですんでいたパチンコ依存が復活して苦しんでいました。
はまった台はヤマト、エヴァンゲリオン、コウダクミ。
1/99でかかるので、千円もあれば、だいたい2回くらいはかかることが多く、2、3時間ほどは遊べるかなという、私にとっては非常に魅力でした。
途中、仕事帰りに数回、4円甘デジをうち、少々勝った、これがよけいにいけなかったかとも思います。勝った台はヤマト。これも1/99ですが、とにかくチェッカーへの釘が厳しい。20回まわりません、もちろん。
ところが、かかりだすと強いんですね、この台は。
とにかく、3週間くらいまでは楽しかったです。
リーチアクションに見とれ、一喜一憂し、ボタンをやたらとおし、確かにストレス解消になるかもしれません。
ところが、そんなにしょっちゅういっていればお金はなくなるわけで。
最終的には沖縄海物語(かかりやすいし、リーチアクションも多くなく、落ち着いた感じの台です)をうっていました。勝つことはないけれど、まぁ、なんとかなっていたんです。
ところが、後ろの台がこうだくみでした。
歌は大好きな私。エロかっこかわいいこうだくみの大ファンな私。
お金が少し出来たらうとうかな、なんて思っていたのに、ちょっとまとまった時間が出来てしまい、海物語をゆっくりうとうとわざわざ自転車で行き、
気がついたらこうだくみうってました。
この台、かからないことで有名なんて知らなかったんです。
1000回転以上まわしました。
その間に、バタフライの桜ムーン、大きな月、大擬似連鎖、プレミア愛のうた、かなり多いアクションを見ました。
2万円も、つぎこんでいなければ、きっと楽しいことだったでしょう・・・1円パチンコでも、こんなに飲まれるんですね。
でも、1万円過ぎた頃には、多分、脳内麻薬はたくさんになっていたのか、もう、持っている金は全部つかってしまうつもりになっていて、ひたすらアクションを楽しみました。かわいい台ですね。
かかることを期待して、大当たり中はキューティーハニーばっかり選んでいましたが、こんなに負けてしまうんだったら、もっと曲を楽しめばよかったです。他の曲も。
ライブモードはかなりかっこよく、臨場感あふれていて満足でした。帰ってからその曲をパソコンでPVで聞いてみましたが、PVはおとなしくて感じが全然違いますね。ライブモードのほうが好きです。
・・・・なんだかんだいって、やっぱりまだパチンコは楽しいのです。
スロットのほうが楽しかったのですが、ここ2年くらいは、リーチアクションの多さなどから、パチンコのほうが楽しいです。
ちょっと、反省していないように見える記事になりましたが
内心は、結構、「誰か助けて」と、ホールで涙し(トイレにかけこんだ)嘔吐し、離人症状まで出しました。
働き出して、少しお金が出来たら、1円パチンコ、1,000円くらいをたまにくらいはいいのかな、なんて、甘いかんがえまでが頭をまだよぎっています。
でも、絶対、いってはだめ。
依存症の人、要注意です。いったら、だめなんです。依存症の人間に、ちょっともへったくれも、関係ないのです。
歌でも歌って、なんとか過ごしましょう。
そのストレスをきっかけに、最近は1円パチンコで千円か二千円ですんでいたパチンコ依存が復活して苦しんでいました。
はまった台はヤマト、エヴァンゲリオン、コウダクミ。
1/99でかかるので、千円もあれば、だいたい2回くらいはかかることが多く、2、3時間ほどは遊べるかなという、私にとっては非常に魅力でした。
途中、仕事帰りに数回、4円甘デジをうち、少々勝った、これがよけいにいけなかったかとも思います。勝った台はヤマト。これも1/99ですが、とにかくチェッカーへの釘が厳しい。20回まわりません、もちろん。
ところが、かかりだすと強いんですね、この台は。
とにかく、3週間くらいまでは楽しかったです。
リーチアクションに見とれ、一喜一憂し、ボタンをやたらとおし、確かにストレス解消になるかもしれません。
ところが、そんなにしょっちゅういっていればお金はなくなるわけで。
最終的には沖縄海物語(かかりやすいし、リーチアクションも多くなく、落ち着いた感じの台です)をうっていました。勝つことはないけれど、まぁ、なんとかなっていたんです。
ところが、後ろの台がこうだくみでした。
歌は大好きな私。エロかっこかわいいこうだくみの大ファンな私。
お金が少し出来たらうとうかな、なんて思っていたのに、ちょっとまとまった時間が出来てしまい、海物語をゆっくりうとうとわざわざ自転車で行き、
気がついたらこうだくみうってました。
この台、かからないことで有名なんて知らなかったんです。
1000回転以上まわしました。
その間に、バタフライの桜ムーン、大きな月、大擬似連鎖、プレミア愛のうた、かなり多いアクションを見ました。
2万円も、つぎこんでいなければ、きっと楽しいことだったでしょう・・・1円パチンコでも、こんなに飲まれるんですね。
でも、1万円過ぎた頃には、多分、脳内麻薬はたくさんになっていたのか、もう、持っている金は全部つかってしまうつもりになっていて、ひたすらアクションを楽しみました。かわいい台ですね。
かかることを期待して、大当たり中はキューティーハニーばっかり選んでいましたが、こんなに負けてしまうんだったら、もっと曲を楽しめばよかったです。他の曲も。
ライブモードはかなりかっこよく、臨場感あふれていて満足でした。帰ってからその曲をパソコンでPVで聞いてみましたが、PVはおとなしくて感じが全然違いますね。ライブモードのほうが好きです。
・・・・なんだかんだいって、やっぱりまだパチンコは楽しいのです。
スロットのほうが楽しかったのですが、ここ2年くらいは、リーチアクションの多さなどから、パチンコのほうが楽しいです。
ちょっと、反省していないように見える記事になりましたが
内心は、結構、「誰か助けて」と、ホールで涙し(トイレにかけこんだ)嘔吐し、離人症状まで出しました。
働き出して、少しお金が出来たら、1円パチンコ、1,000円くらいをたまにくらいはいいのかな、なんて、甘いかんがえまでが頭をまだよぎっています。
でも、絶対、いってはだめ。
依存症の人、要注意です。いったら、だめなんです。依存症の人間に、ちょっともへったくれも、関係ないのです。
歌でも歌って、なんとか過ごしましょう。
2009/11/24(Tue)22:40
時々思う
ギャンブル依存症ってのは、不治の病なんじゃないかなって。
明確に薬があるわけでもなく
ミーティングとか、いろいろあるし、かんかいしている人もいるけれど
何年経っても、間がいくらあこうと、ギャンブルに行ってしまったり
頭がしびれる感じ
行かなくってもゲームなんかにそれを求めたり
ダーツだってそういう要素はあるわけで
ずーっと、この苦しみって、続いていくのかな
依存症ってのは、結構、孤独な戦いだと思うことがよくある
誰にも言えない
誰に言っても変われない
趣味を見つけようと、ほかの事で紛らそうと、かわんない。
すっごく、しんどいよね
ギャンブル依存症ってのは、不治の病なんじゃないかなって。
明確に薬があるわけでもなく
ミーティングとか、いろいろあるし、かんかいしている人もいるけれど
何年経っても、間がいくらあこうと、ギャンブルに行ってしまったり
頭がしびれる感じ
行かなくってもゲームなんかにそれを求めたり
ダーツだってそういう要素はあるわけで
ずーっと、この苦しみって、続いていくのかな
依存症ってのは、結構、孤独な戦いだと思うことがよくある
誰にも言えない
誰に言っても変われない
趣味を見つけようと、ほかの事で紛らそうと、かわんない。
すっごく、しんどいよね
2009/09/22(Tue)22:54
恋愛依存とセックス依存というのは、私の感覚ではわりと近いところにあるのではないかなと思う。
私はかなりスタイルが悪いほうだったのだが、それでも恋愛にはセックスがついてきた。
私は愛情行為の一部だとずっと勘違いをしてきたのだけれど、今となってみれば、その当時のその行為というのは愛情確認のためという名目でおかれた、私にとっての安心材料であり、相手にとってはただの据え膳だったのだと思う。
生物はみんそうなのかはわからないけれど、行為中、というか、行為というものは、一時的に私を安心させたし、寂しさから遠ざけていたように思う。
が、たいてい、行為後に虚しくなったり、全然別のことを考えたり、だるいなぁ、面倒だなぁ、とか、なんというか、虚脱感と言うか、不安というか、そんなものを感じることは多かったように思う。
よく、女性は行為直後の男性の喫煙を嫌がると聞くが、私は思い切り楽しむこともあまりなかったため、やはり気持ちもカラダも冷めるのが早く、たいていは直後の喫煙、という感じだった。自分がそんな風だったので、相手がタバコを吸っていてもさほど気にはならなかったので、そういう意味では助かっていたのかもしれないが、少なくともそのときって言うのはお互いのことなんて考えていなかったのだと思う。
癖と言うのは難しいもので、私からはいまだに男性に近づく=行為にいたる、という癖が除かれない。
だが、最近ひとつ発見したのは、「セックスしなくてもいい方法」。
これは、多分に愛情がないとできない行為なのだが、
「延々とマッサージをしてもらう」「エッチな行為じゃなくなでてもらう」「たださわってもらう」
という行為だ。しかも、これ、眠るまでしてもらうと効果的。(あくまで私に、ですが)
最初の頃は、「セックスしなくていいのかな」「しないとなんとなくいづらい」「眠りにくい」「イカせなくていいのかな」なんて思っていたが、慣れてくると、この、『なんの見返りもないのに与えられる安心感』に気づく。情熱的なものはないし、だらだらした感じに近い・・・。でも、「なにもしなくていい自分」が心地よいと気づきます。それに対して、(相手に)普段の生活で応えればいいだけ。
例えば、ちょっとおいしいご飯を作ってあげよう、とか、服にファブリーズをかけてあげよう、とか、一緒にいないのであれば、ちょっと相手の趣味のメールをしてみよう、今日は向こうの好きな話を聞いてあげよう、とか、そういうものだ。
恋愛依存症の真っ只中にある間、私は、意外にも「相手のことを考えていた」ことが少なかったと思う。
もちろん、切ないとか、会いたいとか、そういうものとは別。相手をとっても喜ばせてあげようとか、そういうものとも別。考えていても「相手に、してあげる」に近い感覚がいつもあったように思う。
そうしたら、相手が離れていかないかもしれない、と思うからだ。『喜ばせなきゃ』は、結局、自慰行為と同じようなものなのだ。だから、相手の反応が予想と違うと、次から次に、「これは?」「これならどう?」と、お金であったり、時間であったり、労力をつぎ込みすぎるようになっていたように思う。
そういうものではなく、「今日はこうしようかな」という、自主的な、「自分はこうしたいの」という、感情。これを大事にすることはひとつの方法じゃないかなと思う。この、小さな感情を大事にすると言うのは結構難しいものだ。私はそれを、「マッサージしてもらう」という見返りをつけてもらって実行するようにしている。相手にふれてもらう、と言うのは、愛情確認する中では大事なプロセスだと思うので、 髪を洗ってもらう、などでもいいのかもしれない。
ちなみに、ある程度の愛情がないと、これは、相手のほうが退屈だし、続かない。続かないってことは、依存のほうの恋愛をしてないか?と考えてみてもいいかもしれない、と思うのだ。
私はかなりスタイルが悪いほうだったのだが、それでも恋愛にはセックスがついてきた。
私は愛情行為の一部だとずっと勘違いをしてきたのだけれど、今となってみれば、その当時のその行為というのは愛情確認のためという名目でおかれた、私にとっての安心材料であり、相手にとってはただの据え膳だったのだと思う。
生物はみんそうなのかはわからないけれど、行為中、というか、行為というものは、一時的に私を安心させたし、寂しさから遠ざけていたように思う。
が、たいてい、行為後に虚しくなったり、全然別のことを考えたり、だるいなぁ、面倒だなぁ、とか、なんというか、虚脱感と言うか、不安というか、そんなものを感じることは多かったように思う。
よく、女性は行為直後の男性の喫煙を嫌がると聞くが、私は思い切り楽しむこともあまりなかったため、やはり気持ちもカラダも冷めるのが早く、たいていは直後の喫煙、という感じだった。自分がそんな風だったので、相手がタバコを吸っていてもさほど気にはならなかったので、そういう意味では助かっていたのかもしれないが、少なくともそのときって言うのはお互いのことなんて考えていなかったのだと思う。
癖と言うのは難しいもので、私からはいまだに男性に近づく=行為にいたる、という癖が除かれない。
だが、最近ひとつ発見したのは、「セックスしなくてもいい方法」。
これは、多分に愛情がないとできない行為なのだが、
「延々とマッサージをしてもらう」「エッチな行為じゃなくなでてもらう」「たださわってもらう」
という行為だ。しかも、これ、眠るまでしてもらうと効果的。(あくまで私に、ですが)
最初の頃は、「セックスしなくていいのかな」「しないとなんとなくいづらい」「眠りにくい」「イカせなくていいのかな」なんて思っていたが、慣れてくると、この、『なんの見返りもないのに与えられる安心感』に気づく。情熱的なものはないし、だらだらした感じに近い・・・。でも、「なにもしなくていい自分」が心地よいと気づきます。それに対して、(相手に)普段の生活で応えればいいだけ。
例えば、ちょっとおいしいご飯を作ってあげよう、とか、服にファブリーズをかけてあげよう、とか、一緒にいないのであれば、ちょっと相手の趣味のメールをしてみよう、今日は向こうの好きな話を聞いてあげよう、とか、そういうものだ。
恋愛依存症の真っ只中にある間、私は、意外にも「相手のことを考えていた」ことが少なかったと思う。
もちろん、切ないとか、会いたいとか、そういうものとは別。相手をとっても喜ばせてあげようとか、そういうものとも別。考えていても「相手に、してあげる」に近い感覚がいつもあったように思う。
そうしたら、相手が離れていかないかもしれない、と思うからだ。『喜ばせなきゃ』は、結局、自慰行為と同じようなものなのだ。だから、相手の反応が予想と違うと、次から次に、「これは?」「これならどう?」と、お金であったり、時間であったり、労力をつぎ込みすぎるようになっていたように思う。
そういうものではなく、「今日はこうしようかな」という、自主的な、「自分はこうしたいの」という、感情。これを大事にすることはひとつの方法じゃないかなと思う。この、小さな感情を大事にすると言うのは結構難しいものだ。私はそれを、「マッサージしてもらう」という見返りをつけてもらって実行するようにしている。相手にふれてもらう、と言うのは、愛情確認する中では大事なプロセスだと思うので、 髪を洗ってもらう、などでもいいのかもしれない。
ちなみに、ある程度の愛情がないと、これは、相手のほうが退屈だし、続かない。続かないってことは、依存のほうの恋愛をしてないか?と考えてみてもいいかもしれない、と思うのだ。
2009/09/03(Thu)21:42
ギャンブル依存症、まだ完璧に治ったわけではありません。
たまに、パチに行ってしまうことがあります。
確かに、以前と違って、1000円しか使いません。
でも、治ったとはいえないと思います。
なので、ずっと支出簿はつけています。自己破産処理が終わってからも、ずっと、あえてつけるようにしています。お金の動きがわかるし・・・
ちなみに、被服費とか、外食とか、少しずつ増えていってます。
悪い意味でなく、「楽しめるようになってきた」ことのようです。
きっと、こういう積み重ねっていうのが一番大事なんだと思います。

たまに、パチに行ってしまうことがあります。
確かに、以前と違って、1000円しか使いません。
でも、治ったとはいえないと思います。
なので、ずっと支出簿はつけています。自己破産処理が終わってからも、ずっと、あえてつけるようにしています。お金の動きがわかるし・・・
ちなみに、被服費とか、外食とか、少しずつ増えていってます。
悪い意味でなく、「楽しめるようになってきた」ことのようです。
きっと、こういう積み重ねっていうのが一番大事なんだと思います。

2009/08/21(Fri)02:42
恋愛依存症においてよく見られるのが、「見捨てられ感」である。
これは非常に強いもので、どんなに非生産的な恋愛でも、DVを受けるような環境でも、「見捨てられ感」を感じてその環境に踏みとどまってしまう人は多い。
これは、自分に対して価値観を見出せず、恋愛において、「必要とされている自分」を無理に作り上げてしまうケースも少なくないようだ。
これは、人格障害(境界例)などにもよく見受けられる例であるが、一般的に、健康と言われる人たちは、他人に見捨てられようとも気にしない、またはそれを気にしないで振り切っていく力を持つことが多いと言われる。
自分の苦しさというものは自分で引き受けるしかない、ということを理解しているからである。
しかし、他人をアテにする気持ちの強い人は「他人の手で、自分の苦しみを和らげてもらいたい」という気持ちが強く、他人をアテにしている分、他人から少し距離を置かれただけでも、自分の苦しさを自分で引き受けることができなくなる。そのため、常に「見捨てられたらどうしよう」という不安を持ちやすくなるのである。しかし「不安だ、不安だ」を連発する人の隣にいると、相手までつらくなってくる、というのは多くの人が想像しうる状況である。
こういう状況が続けば、それでも不安を訴え続ける人物には対応しきれなくなり、こういった人から距離を置いてしまう人も少なくないであろう。すると、不安になる癖のある人物は「見捨られた!」と怒りを爆発させたり、混乱してしまったり、衝動的行動に出てしまったりするのである。
これは、自分に対して、自分の中で価値観、立場、そういったものが見えなくなっているために起こるものである。
こういった人は、他人との距離感を取れていない場合が多く、他人というのは自分の延長上にあり、自分を必ず理解してくれるものだと信じ込んでいる場合が多いと思われる。まずは、自分が存在するように、他人というものは他人の考えで存在するということを少しずつでもいいから理解していくことが必要ではないだろうか。自分が受け入れられなかったり、理解できないことがあるように、他人にもそういう独自の世界観がある。
恋人は自分のことを補佐するためだけや、愛するためだけ、すべてを理解して当然の存在ではないということをきちんと認識していくべきではないだろうか。
これは非常に強いもので、どんなに非生産的な恋愛でも、DVを受けるような環境でも、「見捨てられ感」を感じてその環境に踏みとどまってしまう人は多い。
これは、自分に対して価値観を見出せず、恋愛において、「必要とされている自分」を無理に作り上げてしまうケースも少なくないようだ。
これは、人格障害(境界例)などにもよく見受けられる例であるが、一般的に、健康と言われる人たちは、他人に見捨てられようとも気にしない、またはそれを気にしないで振り切っていく力を持つことが多いと言われる。
自分の苦しさというものは自分で引き受けるしかない、ということを理解しているからである。
しかし、他人をアテにする気持ちの強い人は「他人の手で、自分の苦しみを和らげてもらいたい」という気持ちが強く、他人をアテにしている分、他人から少し距離を置かれただけでも、自分の苦しさを自分で引き受けることができなくなる。そのため、常に「見捨てられたらどうしよう」という不安を持ちやすくなるのである。しかし「不安だ、不安だ」を連発する人の隣にいると、相手までつらくなってくる、というのは多くの人が想像しうる状況である。
こういう状況が続けば、それでも不安を訴え続ける人物には対応しきれなくなり、こういった人から距離を置いてしまう人も少なくないであろう。すると、不安になる癖のある人物は「見捨られた!」と怒りを爆発させたり、混乱してしまったり、衝動的行動に出てしまったりするのである。
これは、自分に対して、自分の中で価値観、立場、そういったものが見えなくなっているために起こるものである。
こういった人は、他人との距離感を取れていない場合が多く、他人というのは自分の延長上にあり、自分を必ず理解してくれるものだと信じ込んでいる場合が多いと思われる。まずは、自分が存在するように、他人というものは他人の考えで存在するということを少しずつでもいいから理解していくことが必要ではないだろうか。自分が受け入れられなかったり、理解できないことがあるように、他人にもそういう独自の世界観がある。
恋人は自分のことを補佐するためだけや、愛するためだけ、すべてを理解して当然の存在ではないということをきちんと認識していくべきではないだろうか。
2009/08/18(Tue)05:20
恋愛依存症の患者には、多く、「愛」を求める傾向があるようだ。
「愛」と言っても、いわゆる恋愛の愛ではなくて、「無償の愛」を求める物が多い。また、その愛に対して、無条件で確実に自分に注がれるものを欲する人が多いようだ。
恋愛依存症は、AC(アダルトチルドレン)と密接な関係があると言われている。
つまり、過去の体験において、過度の愛情を注がれたり、ネグレクトにあっていたりすることもこれに多く関係すると思われる。
幼い頃に手に入れられなかった、親からの健全な愛を欲する心がゆがんだ状態で恋愛に反映されるという考え方だ。
親と子と言うのは切っても切れない縁でつながっており、また、親は子に無償の愛を呈する。子が大人になっても、親は親という存在でありつづける。
これを恋愛に求めると、無償で、永遠ともいえる期間を自分だけに注ぎ込んで愛して欲しい、ということになる。
ところが、恋というのは一過性のものが多く、また、この条件を飲んで社会的生活を送ると言うことは相当な困難である。恋愛依存症とは、なりふりかまわず自分の相手をしていて欲しい、という欲求から、限度がなくなっている状態であるから、この条件をクリアできないと、常に不安か非望的、または怒るかいらだった状態におかれることになるであろう。
恋愛に多少の不安はつきものであるが、恋愛依存症となると、不安がひどく、これらの心理状態において、社会的生活を脅かされるまでになることもある。
「愛」と言っても、いわゆる恋愛の愛ではなくて、「無償の愛」を求める物が多い。また、その愛に対して、無条件で確実に自分に注がれるものを欲する人が多いようだ。
恋愛依存症は、AC(アダルトチルドレン)と密接な関係があると言われている。
つまり、過去の体験において、過度の愛情を注がれたり、ネグレクトにあっていたりすることもこれに多く関係すると思われる。
幼い頃に手に入れられなかった、親からの健全な愛を欲する心がゆがんだ状態で恋愛に反映されるという考え方だ。
親と子と言うのは切っても切れない縁でつながっており、また、親は子に無償の愛を呈する。子が大人になっても、親は親という存在でありつづける。
これを恋愛に求めると、無償で、永遠ともいえる期間を自分だけに注ぎ込んで愛して欲しい、ということになる。
ところが、恋というのは一過性のものが多く、また、この条件を飲んで社会的生活を送ると言うことは相当な困難である。恋愛依存症とは、なりふりかまわず自分の相手をしていて欲しい、という欲求から、限度がなくなっている状態であるから、この条件をクリアできないと、常に不安か非望的、または怒るかいらだった状態におかれることになるであろう。
恋愛に多少の不安はつきものであるが、恋愛依存症となると、不安がひどく、これらの心理状態において、社会的生活を脅かされるまでになることもある。
2009/06/11(Thu)14:26
もしかしたら、私は恋愛依存症?
そう思う人も多いかもしれない。恋愛依存症とは、特にセックスに依存しているような人や恋愛の多い人、移り気な人をいうのではありません。
他の依存症と同じように、本人の意思や責任とは関係なくよい恋愛・・・つまり、よい人間関係を保つことができない病気です。
恋愛依存症とは、(私が知る範囲で)正式な病名ではありません。お医者様からは、おそらくもっと広範囲な、もっと深い名称で呼ばれているのかもしれません。
ここであげる依存症の例としては、
・恋愛において、相手に対し過剰に時間や金銭を費やす
・関係を持っている間の自己管理が不能
・相手に対して現実的ではない愛情感覚を持つ(無条件の永遠の愛、自分だけの面倒をみる、過剰な束縛)
など、簡単に言ってしまえば、
・恋愛において、社会的な行動を行うことができない。均衡バランスが非常に崩れている
ということです。
ただ恋が多い人はもてる人なのかもしれない。けれど、それが原因で会社にいけない、相手が生活できないような束縛を要求する、我を忘れた状態での人間関係の継続、となってしまうと、それは病的なのかもしれません。
そう思う人も多いかもしれない。恋愛依存症とは、特にセックスに依存しているような人や恋愛の多い人、移り気な人をいうのではありません。
他の依存症と同じように、本人の意思や責任とは関係なくよい恋愛・・・つまり、よい人間関係を保つことができない病気です。
恋愛依存症とは、(私が知る範囲で)正式な病名ではありません。お医者様からは、おそらくもっと広範囲な、もっと深い名称で呼ばれているのかもしれません。
ここであげる依存症の例としては、
・恋愛において、相手に対し過剰に時間や金銭を費やす
・関係を持っている間の自己管理が不能
・相手に対して現実的ではない愛情感覚を持つ(無条件の永遠の愛、自分だけの面倒をみる、過剰な束縛)
など、簡単に言ってしまえば、
・恋愛において、社会的な行動を行うことができない。均衡バランスが非常に崩れている
ということです。
ただ恋が多い人はもてる人なのかもしれない。けれど、それが原因で会社にいけない、相手が生活できないような束縛を要求する、我を忘れた状態での人間関係の継続、となってしまうと、それは病的なのかもしれません。
2009/06/09(Tue)23:52
破産手続き開始の申立て・免責許可の申立て ※新破産法により、二つの申立てを同時に行う。
・管財事件の流れ
自己破産に必要な書類を管轄する地方裁判所へ。(住居地の管轄裁判所にて行う。)
↓
1、2ヵ月後、即日面接の場合は即日(即日面接は東京地方裁判所などの一部の裁判所にて行われる)
破産の尋問(審問):裁判官から免責不許可事由に該当しないかなど簡単な質問を受ける。
↓
数日後
破産手続開始決定
換価するほどの財産がある場合などは破産管財人を選定し、管財事件となる通知を受ける
↓
管財事件(少額管財事件)
破産管財人による調査に基づき(ここで少し時間をとられるが、この時点では破産手続きを開始しているため借金取りの催促はストップする場合が多い)財産の管理・処分・指導などが行われる。
↓
債権者集会
債権確定
↓
配当
↓
破産手続終了
↓
免責の尋問(審問)
問題がない限り新破産法により行われないことも増えている。
↓
免責不許可または免責許可の決定
不許可の場合、支払いの免除はされない。許可の場合は残債務の支払いは免除される。
↓
免責許可の場合
官報に破産が記載される。(官報については過去日記を参照のこと。)
・管財事件とならない場合
自己破産に必要な書類を管轄する地方裁判所へ。(住居地の管轄裁判所にて行う。)
↓
1、2ヵ月後、即日面接の場合は即日(即日面接は東京地方裁判所などの一部の裁判所にて行われる)
破産の尋問(審問):裁判官から免責不許可事由に該当しないかなど簡単な質問を受ける。
↓
数日後
破産手続開始決定
管財事件でなければ同時廃止(同時破産廃止)
↓
1、2ヵ月後
免責の尋問(審問)※上記事件と同様
↓
免責不許可または免責許可の決定
不許可の場合、支払いの免除はされない。許可の場合は残債務の支払いは免除される。
↓
免責許可の場合
官報に破産が記載される。(官報については過去日記を参照のこと。)
これで見るとわかるように、管財事件でなく免責許可も問題なくおりる場合は3〜6ヶ月で破産手続は終了してしまうことも多い。
しかし、管財事件となった場合は、調査、報告などが綿密に行われるため、半年〜1年かかってしまうことも多い。
私の場合は破産手続きの前に財産の整理、つまりグレーゾーンの整理などで時間がかかり、さらにはギャンブルによる浪費ということで管財事件となった。
管財人が選定された後は司法書士を通じて(私の場合は申立てが前住所であったため、管轄裁判所と管財人(事件を取り扱う裁判所にて選定されるため申立て裁判所の管轄弁護人となった)が少々遠方であったため、司法書士に便宜をはかっていただいた。)
管財人へ毎月の収支報告を行い、生活態度などにおいても反省文などを書いた。
この反省文は以外に重要で、申立人が裁判所また管財人に免責許可を訴える機会はこれ以外にあまりない。なので、この作文作業は慎重に行うほうがよい。文章が多少下手でも、正直に、反省していること、現在は生活も悔い改められていること、借金によりどれほど苦しいのかなどを一生懸命訴えるべきである。文章については、司法書士や弁護士が手伝い、最終的には理にかなった作文となる。
文章のうまい下手は意識すべきではないかもしれない。
また、作文にうそ偽りがあった場合は許可取り消しもありうるし、結局破産免責が成功してもその後の自分の人生にまったく不利であるので、生活面については実際にかなり改善すべきである。
・管財事件の流れ
自己破産に必要な書類を管轄する地方裁判所へ。(住居地の管轄裁判所にて行う。)
↓
1、2ヵ月後、即日面接の場合は即日(即日面接は東京地方裁判所などの一部の裁判所にて行われる)
破産の尋問(審問):裁判官から免責不許可事由に該当しないかなど簡単な質問を受ける。
↓
数日後
破産手続開始決定
換価するほどの財産がある場合などは破産管財人を選定し、管財事件となる通知を受ける
↓
管財事件(少額管財事件)
破産管財人による調査に基づき(ここで少し時間をとられるが、この時点では破産手続きを開始しているため借金取りの催促はストップする場合が多い)財産の管理・処分・指導などが行われる。
↓
債権者集会
債権確定
↓
配当
↓
破産手続終了
↓
免責の尋問(審問)
問題がない限り新破産法により行われないことも増えている。
↓
免責不許可または免責許可の決定
不許可の場合、支払いの免除はされない。許可の場合は残債務の支払いは免除される。
↓
免責許可の場合
官報に破産が記載される。(官報については過去日記を参照のこと。)
・管財事件とならない場合
自己破産に必要な書類を管轄する地方裁判所へ。(住居地の管轄裁判所にて行う。)
↓
1、2ヵ月後、即日面接の場合は即日(即日面接は東京地方裁判所などの一部の裁判所にて行われる)
破産の尋問(審問):裁判官から免責不許可事由に該当しないかなど簡単な質問を受ける。
↓
数日後
破産手続開始決定
管財事件でなければ同時廃止(同時破産廃止)
↓
1、2ヵ月後
免責の尋問(審問)※上記事件と同様
↓
免責不許可または免責許可の決定
不許可の場合、支払いの免除はされない。許可の場合は残債務の支払いは免除される。
↓
免責許可の場合
官報に破産が記載される。(官報については過去日記を参照のこと。)
これで見るとわかるように、管財事件でなく免責許可も問題なくおりる場合は3〜6ヶ月で破産手続は終了してしまうことも多い。
しかし、管財事件となった場合は、調査、報告などが綿密に行われるため、半年〜1年かかってしまうことも多い。
私の場合は破産手続きの前に財産の整理、つまりグレーゾーンの整理などで時間がかかり、さらにはギャンブルによる浪費ということで管財事件となった。
管財人が選定された後は司法書士を通じて(私の場合は申立てが前住所であったため、管轄裁判所と管財人(事件を取り扱う裁判所にて選定されるため申立て裁判所の管轄弁護人となった)が少々遠方であったため、司法書士に便宜をはかっていただいた。)
管財人へ毎月の収支報告を行い、生活態度などにおいても反省文などを書いた。
この反省文は以外に重要で、申立人が裁判所また管財人に免責許可を訴える機会はこれ以外にあまりない。なので、この作文作業は慎重に行うほうがよい。文章が多少下手でも、正直に、反省していること、現在は生活も悔い改められていること、借金によりどれほど苦しいのかなどを一生懸命訴えるべきである。文章については、司法書士や弁護士が手伝い、最終的には理にかなった作文となる。
文章のうまい下手は意識すべきではないかもしれない。
また、作文にうそ偽りがあった場合は許可取り消しもありうるし、結局破産免責が成功してもその後の自分の人生にまったく不利であるので、生活面については実際にかなり改善すべきである。
2009/06/05(Fri)22:25
保証人とよく一言で簡単に言うが、保証人にはいくつか種類があり、この中でみなに主に関係があるものと言うと、単純保証、連帯保証が主たるものではないかと思う。私も詳しくはないが、私が思う範囲でつづることとする。
・単純保証
いわゆる保証人。保証人には催告の抗弁権と検索の抗弁権が与えられる(452条、453条)。この「催告の抗弁権」により、保証人が債権者に請求されても、まず主債務者(借りた当事者)に請求するよう言う事が出来る。また主債務者に処分出来る財産がある事を証明出来れば「検索の抗弁権」により債権者へ主債務者の財産を強制執行し処分するよう主張出来る、というもの。
・連帯保証
今の借金はほとんどこちらの形をとることが多いと思われる。
連帯保証人には、催告の抗弁権と検索の抗弁権はなく、債務者と全く同じ義務を負う(454条)。
連帯保証人であれば、借りた本人と同等の地位となるため、借りた本人が理由の如何にかかわらず返済を拒否した場合や借りた本人の返済状況によっては連帯保証人にいきなり返済を求めることも可能となる。一般に、貸金での保証人となることは自分が借りたことと同等であると言われるのはこのため。
銀行または消費者金融、信販会社、奨学金などでお金を借りるときや契約書型ショッピングクレジット(個品割賦購入あっせん取引)の保証人は、連帯保証人が求められることがほとんどである。
このほか、根保証、物上保証人などがある。
一旦保証人の欄に署名捺印をしたら、完済または時効まで保証人としての義務は免れない、また途中で保証人の辞退は出来ない、別途保証人への変更も出来ないのが原則となる。
・保証人が保証の責務から解放される場合
☆債務を完済した場合
☆有効期日が経過し時効の援用をした場合
☆保証人が破産宣告を受け免責が確定した場合
☆債権者が保証人の除外を認めた場合
であるが債権者が保証人の除外を認める事は通常あり得ない、また保証人が死亡した場合でも通常の金銭貸借における保証債務は相続人に相続されるため、保証人からは逃れられないものだと記憶しておこう。自己破産などの処理が終わり、借金生活ともおさらばし、感覚が鈍って、簡単に保証人など受けないように!!
・単純保証
いわゆる保証人。保証人には催告の抗弁権と検索の抗弁権が与えられる(452条、453条)。この「催告の抗弁権」により、保証人が債権者に請求されても、まず主債務者(借りた当事者)に請求するよう言う事が出来る。また主債務者に処分出来る財産がある事を証明出来れば「検索の抗弁権」により債権者へ主債務者の財産を強制執行し処分するよう主張出来る、というもの。
・連帯保証
今の借金はほとんどこちらの形をとることが多いと思われる。
連帯保証人には、催告の抗弁権と検索の抗弁権はなく、債務者と全く同じ義務を負う(454条)。
連帯保証人であれば、借りた本人と同等の地位となるため、借りた本人が理由の如何にかかわらず返済を拒否した場合や借りた本人の返済状況によっては連帯保証人にいきなり返済を求めることも可能となる。一般に、貸金での保証人となることは自分が借りたことと同等であると言われるのはこのため。
銀行または消費者金融、信販会社、奨学金などでお金を借りるときや契約書型ショッピングクレジット(個品割賦購入あっせん取引)の保証人は、連帯保証人が求められることがほとんどである。
このほか、根保証、物上保証人などがある。
一旦保証人の欄に署名捺印をしたら、完済または時効まで保証人としての義務は免れない、また途中で保証人の辞退は出来ない、別途保証人への変更も出来ないのが原則となる。
・保証人が保証の責務から解放される場合
☆債務を完済した場合
☆有効期日が経過し時効の援用をした場合
☆保証人が破産宣告を受け免責が確定した場合
☆債権者が保証人の除外を認めた場合
であるが債権者が保証人の除外を認める事は通常あり得ない、また保証人が死亡した場合でも通常の金銭貸借における保証債務は相続人に相続されるため、保証人からは逃れられないものだと記憶しておこう。自己破産などの処理が終わり、借金生活ともおさらばし、感覚が鈍って、簡単に保証人など受けないように!!
2009/05/18(Mon)23:21
自己破産ではないが、せっかく債務を整理したりしたあとにまた借金を重ねてしまう人がいる。これはとても怖いことである。整理しても整理しても、膨らんでいくことになるのだ。借金は、癖になりやすいのである。
私の場合がこれに該当した。
私は働き出して割とすぐに、借金をした。これは額は少なく、最初の目的は確かに友人の結婚式への出席をしたいため、であったが、最初の枠は比較的長くはもったものの、「親にばれずに借金をかえしていける額」を返済額が越えた瞬間から、まったく異質なものとなっていった。
「使いたいのはご祝儀と服で5万円」で、「返済は毎月1000円ずつだから、親にもばれずになんとかなる」予定であった。
あいかし、借金・・・、いわゆる、車のローンや住宅ローンは別として(これも癖になり利用する人が多いが、私見で最も破産に向かいやすいことを考えると別と判断した)、ギャンブル、買い物、飲み歩きなど、「対そのときの満足」にお金を使い出すと、借金が不思議と「自分の資金」と感じやすいようである。返済は毎月せねばならないが、「返済してるからまた借りれる」という意識、この状態はもうすでに借金にのめり込みつつあると言っても過言ではないだろう。
私の場合、残りの45万と言う枠は、母と父もパチンコにはまっていたため、そこにつぎ込まれたと思ってよいだろう。「お金は回ってるの?」と親に聞かれれば、「当たり前でしょ」と答える。事実、返済は借りた金から行っていたので、ほとんど通帳にはその形跡は残っていない状態となっているため、親も感づかなかったらしい。実家は決して裕福ではなかったため(今考えると、私が働いている時点で大人が4人働いている状態になるので、金欠だったことのほうがおかしいのだが)、「今月生活費が大変」と言われれば、自分の行動をうるさく制約されたくなかったことも手伝って「ハイ」と万円単位で渡す。借金は徐々に増え、「1000円返して1万返す」「5000円返して3万おろす」といった具合になっていき、次の消費者金融に手を伸ばした。しかし、何社も借りる中では、この最初の1件目が一番遠慮と抵抗が入り、次を借りるまでが長かったかもしれない。
もう、このときの借金は「返済のための予備」であったはずが、枠がくると安心して使ってしまう。
そして、ある会社で、100万程度に一度まとめた。これで、返済額が若干減ることになる。
そして、借金があることを元旦那に告げ、さらにそれもあってうつ病が進行していること、家族にお金を貸す生活は負担であることなどを相談し、私の病気がよくなるようにと、旦那が結婚資金の融資を受けて、結婚したのであるが、この間に、姉との二人暮しが入った。
このときが一番豪遊したのではないかと思う。
私は仕事をしている人間だが、仕事→終わったらパチ→勝っても負けても私の金で「ウサ晴らし」といいつつ、友人のスナックで飲み明かし→カラオケ→車で仮眠→仕事、という、今では考えられない、特に女性で、というのは私も聞いたことのないような生活を送った。このときすでに、競馬は予想を楽しむもの(勝った金はパチへ)パチは、「自分の居場所という安心感」「いかなければという不安感」「さみしいから誰かといたいためのスナック」「仲間を感じたいためのカラオケ」、すべて、「その瞬間の快楽」を求めることに使われた。もちろん、返済も借金からであった。
だが、1度100万程度にまとめたことがあったのに借金をしているという負い目も若干感じていたので、結婚して、半年ほど、旦那にも知られないで借金を増やしていた。
しかし、黙っていても、給料をごまかしてもだめになる時期が来る。
結婚して半年後、妊娠していることもわかっており(ハネムーンベイビーでした)どうにかせねば、と死ぬほどの勇気をもって、これを旦那に告げた。旦那は怒ったし、泣いたけれど、明日のために、私も希望を捨てないで言ってくれたのだからと、金庫系のところで、事情を話し、車ローンという形を使ってもらい、300万にまとめた。ここまで、3年ほどの間の出来事である。
そこで利用したものが、「貸出禁止措置」であった。
「貸出禁止措置」とは:
「借金癖のある家族への融資をしないでほしい」「借金できないようにしたい」という手続きである。
各都道府県にある (社団法人)貸金業協会へ申請する。
家族による禁止措置が可能な場合もあるが、本人随行以外手続き出来ない場合もあるため、協会へ確認すること。私の場合は家族による申出で、本人の随行が必要となった。
手続きをすると、各地の貸金業協会は会員の貸金業者宛に貸出禁止を通知し、さらに個人信用情報機関に貸出禁止登録を行う。ただし貸金業協会に加盟していない業者には効果が及ばない。
貸出禁止期間はおおむね5年以内。本人の希望によりいつでも禁止の解除ができる。
上記に書いたとおり、禁止の解除ができ、また、ヤミ金やその他、通用する金融業者もいるため、貸出禁止をしたから安心、でなく、その他の借金をしないという意思は自分でもたねばならない。
私は、措置後、措置効力が効かない業者を探して枠を受けましたが、いいシステムではあるので、絶対借りない!と思ってやってみるのもひとつだと思う。
私の場合がこれに該当した。
私は働き出して割とすぐに、借金をした。これは額は少なく、最初の目的は確かに友人の結婚式への出席をしたいため、であったが、最初の枠は比較的長くはもったものの、「親にばれずに借金をかえしていける額」を返済額が越えた瞬間から、まったく異質なものとなっていった。
「使いたいのはご祝儀と服で5万円」で、「返済は毎月1000円ずつだから、親にもばれずになんとかなる」予定であった。
あいかし、借金・・・、いわゆる、車のローンや住宅ローンは別として(これも癖になり利用する人が多いが、私見で最も破産に向かいやすいことを考えると別と判断した)、ギャンブル、買い物、飲み歩きなど、「対そのときの満足」にお金を使い出すと、借金が不思議と「自分の資金」と感じやすいようである。返済は毎月せねばならないが、「返済してるからまた借りれる」という意識、この状態はもうすでに借金にのめり込みつつあると言っても過言ではないだろう。
私の場合、残りの45万と言う枠は、母と父もパチンコにはまっていたため、そこにつぎ込まれたと思ってよいだろう。「お金は回ってるの?」と親に聞かれれば、「当たり前でしょ」と答える。事実、返済は借りた金から行っていたので、ほとんど通帳にはその形跡は残っていない状態となっているため、親も感づかなかったらしい。実家は決して裕福ではなかったため(今考えると、私が働いている時点で大人が4人働いている状態になるので、金欠だったことのほうがおかしいのだが)、「今月生活費が大変」と言われれば、自分の行動をうるさく制約されたくなかったことも手伝って「ハイ」と万円単位で渡す。借金は徐々に増え、「1000円返して1万返す」「5000円返して3万おろす」といった具合になっていき、次の消費者金融に手を伸ばした。しかし、何社も借りる中では、この最初の1件目が一番遠慮と抵抗が入り、次を借りるまでが長かったかもしれない。
もう、このときの借金は「返済のための予備」であったはずが、枠がくると安心して使ってしまう。
そして、ある会社で、100万程度に一度まとめた。これで、返済額が若干減ることになる。
そして、借金があることを元旦那に告げ、さらにそれもあってうつ病が進行していること、家族にお金を貸す生活は負担であることなどを相談し、私の病気がよくなるようにと、旦那が結婚資金の融資を受けて、結婚したのであるが、この間に、姉との二人暮しが入った。
このときが一番豪遊したのではないかと思う。
私は仕事をしている人間だが、仕事→終わったらパチ→勝っても負けても私の金で「ウサ晴らし」といいつつ、友人のスナックで飲み明かし→カラオケ→車で仮眠→仕事、という、今では考えられない、特に女性で、というのは私も聞いたことのないような生活を送った。このときすでに、競馬は予想を楽しむもの(勝った金はパチへ)パチは、「自分の居場所という安心感」「いかなければという不安感」「さみしいから誰かといたいためのスナック」「仲間を感じたいためのカラオケ」、すべて、「その瞬間の快楽」を求めることに使われた。もちろん、返済も借金からであった。
だが、1度100万程度にまとめたことがあったのに借金をしているという負い目も若干感じていたので、結婚して、半年ほど、旦那にも知られないで借金を増やしていた。
しかし、黙っていても、給料をごまかしてもだめになる時期が来る。
結婚して半年後、妊娠していることもわかっており(ハネムーンベイビーでした)どうにかせねば、と死ぬほどの勇気をもって、これを旦那に告げた。旦那は怒ったし、泣いたけれど、明日のために、私も希望を捨てないで言ってくれたのだからと、金庫系のところで、事情を話し、車ローンという形を使ってもらい、300万にまとめた。ここまで、3年ほどの間の出来事である。
そこで利用したものが、「貸出禁止措置」であった。
「貸出禁止措置」とは:
「借金癖のある家族への融資をしないでほしい」「借金できないようにしたい」という手続きである。
各都道府県にある (社団法人)貸金業協会へ申請する。
家族による禁止措置が可能な場合もあるが、本人随行以外手続き出来ない場合もあるため、協会へ確認すること。私の場合は家族による申出で、本人の随行が必要となった。
手続きをすると、各地の貸金業協会は会員の貸金業者宛に貸出禁止を通知し、さらに個人信用情報機関に貸出禁止登録を行う。ただし貸金業協会に加盟していない業者には効果が及ばない。
貸出禁止期間はおおむね5年以内。本人の希望によりいつでも禁止の解除ができる。
上記に書いたとおり、禁止の解除ができ、また、ヤミ金やその他、通用する金融業者もいるため、貸出禁止をしたから安心、でなく、その他の借金をしないという意思は自分でもたねばならない。
私は、措置後、措置効力が効かない業者を探して枠を受けましたが、いいシステムではあるので、絶対借りない!と思ってやってみるのもひとつだと思う。
2009/04/25(Sat)01:45
よく、自己破産をするときに、「誰にも知られずに破産したい」「家族にバレると生きていけない」などと聞く。
実際私も考えたことだ。
自己破産をすると、よく、ブラックリストに載る、というが、これは裁判所などの行政などに関係ないものである。
借金をした際を思いだしてもらうとよいと思うが、おそらくほとんどの場合、「○○情報センターへの情報の提供」というものに同意しているはずである。ブラックというのは、もし、返済が滞ったり、任意整理などで返済しない場合、自己破産をした場合などに、「債権者が任意でその不履行情報を登録するもの」のこと。つまり、自己破産=ブラックリストではないし、返済が何度も滞ったりして、信用が低い場合は自己破産をしていなくとも、その情報がここに載ることもあるのである。
金融会社は、登録している信用情報機関からこの情報を検索しながら借入額などを決めていくものだと思うとよいかもしれない。この情報は、5年ないし7年ほどで抹消されることとなるが、つまりはその期間は新たな借入ができないということになる。
自己破産をすると、官報に載ることとなる。業者によってはこれをチェックしているところもあるとは聞くが、この官報によって、家族や他人に破産が知られてしまうということは、まず、ない。
なぜならば、官報を見るにはきちんとした手続きに則って国立印刷局などを通して申請せねばならないし、署名などチェックも厳しく、閲覧は土日祝日を除く5日間前までの情報のみで(有料版は別らしいが)、毎日発行される。ページ数もかなり多く、はっきり言って自分の情報を探すのすらなかなか難しい。しかも、情報は30日間しか公開されない。大海で針を探すようなものだ。
つまりは、免責の通知のタイミングと、閲覧のタイミングを合わせ、さらに莫大な量から個人の情報たった一行程度を探し出さねばわからないのだ。
これによってもわかるとおり、官報やブラックだけでは、家族や知人に破産の情報はいかない。
また、このブラック情報は抹消されたかどうかを自分で確認することも出来る。
例えば、破産後、立ち直り、心機一転して貯金し、家を建てることが出来るようになったとしよう。その場合は自分で情報機関に照会し、自分で確認を行うことも出来る。
ただ、いろいろな申し立てをするにあたって、やはり司法書士や弁護士からは自分の元に連絡が来るし、保証人をたてている借金があった場合は保証人に支払いを頼まなくてはいけない(破産の場合)わけで、周囲にも、債権者にも多大な迷惑をかけて人生をやり直すわけである。のうのうと自分だけ甘い汁を吸うのはいかがなものか。きちんと話をするいい機会でもある。
近隣の人などに知らせる必要もないので、それは置いておくとして、破産に至るには、それなりの理由があり、家計については、多かれ少なかれ家族問題が絡んでいるはずなのだ。この部分を修正しないまま免責を受けたとしても、結局なにも変わらない。また借金をしてしまう可能性も出てくるし、次に借金をするとしたら、ブラック期間であれば、もう誰の手にも負えないようなところからの借入も考えうる状況に陥ってしまう。原因の部分をきちんと考え直さない限り、破産は意味を成さなくなるのだ。
借金も自分の人生の一部だ。自分でしたことを他人に尻拭いしてもらうのだから、大人ならば自分で最後の責任くらいとりたいものである。
実際私も考えたことだ。
自己破産をすると、よく、ブラックリストに載る、というが、これは裁判所などの行政などに関係ないものである。
借金をした際を思いだしてもらうとよいと思うが、おそらくほとんどの場合、「○○情報センターへの情報の提供」というものに同意しているはずである。ブラックというのは、もし、返済が滞ったり、任意整理などで返済しない場合、自己破産をした場合などに、「債権者が任意でその不履行情報を登録するもの」のこと。つまり、自己破産=ブラックリストではないし、返済が何度も滞ったりして、信用が低い場合は自己破産をしていなくとも、その情報がここに載ることもあるのである。
金融会社は、登録している信用情報機関からこの情報を検索しながら借入額などを決めていくものだと思うとよいかもしれない。この情報は、5年ないし7年ほどで抹消されることとなるが、つまりはその期間は新たな借入ができないということになる。
自己破産をすると、官報に載ることとなる。業者によってはこれをチェックしているところもあるとは聞くが、この官報によって、家族や他人に破産が知られてしまうということは、まず、ない。
なぜならば、官報を見るにはきちんとした手続きに則って国立印刷局などを通して申請せねばならないし、署名などチェックも厳しく、閲覧は土日祝日を除く5日間前までの情報のみで(有料版は別らしいが)、毎日発行される。ページ数もかなり多く、はっきり言って自分の情報を探すのすらなかなか難しい。しかも、情報は30日間しか公開されない。大海で針を探すようなものだ。
つまりは、免責の通知のタイミングと、閲覧のタイミングを合わせ、さらに莫大な量から個人の情報たった一行程度を探し出さねばわからないのだ。
これによってもわかるとおり、官報やブラックだけでは、家族や知人に破産の情報はいかない。
また、このブラック情報は抹消されたかどうかを自分で確認することも出来る。
例えば、破産後、立ち直り、心機一転して貯金し、家を建てることが出来るようになったとしよう。その場合は自分で情報機関に照会し、自分で確認を行うことも出来る。
ただ、いろいろな申し立てをするにあたって、やはり司法書士や弁護士からは自分の元に連絡が来るし、保証人をたてている借金があった場合は保証人に支払いを頼まなくてはいけない(破産の場合)わけで、周囲にも、債権者にも多大な迷惑をかけて人生をやり直すわけである。のうのうと自分だけ甘い汁を吸うのはいかがなものか。きちんと話をするいい機会でもある。
近隣の人などに知らせる必要もないので、それは置いておくとして、破産に至るには、それなりの理由があり、家計については、多かれ少なかれ家族問題が絡んでいるはずなのだ。この部分を修正しないまま免責を受けたとしても、結局なにも変わらない。また借金をしてしまう可能性も出てくるし、次に借金をするとしたら、ブラック期間であれば、もう誰の手にも負えないようなところからの借入も考えうる状況に陥ってしまう。原因の部分をきちんと考え直さない限り、破産は意味を成さなくなるのだ。
借金も自分の人生の一部だ。自分でしたことを他人に尻拭いしてもらうのだから、大人ならば自分で最後の責任くらいとりたいものである。


















